プロフィール角舘政英
角舘政英の博士論文要旨

この度、角舘政英は博士号(工学)を日本大学理工学部にて学位授与認可されました。論文題名は「街路空間における防犯性安全性を高めるための照明環境に関する研究」で、歩行機能照明、ボイド照明の有効性、危険予知からの交差点照明、ライトアップの機能性などを論じました。これらの概念により省エネルギーと安全性を確保することが実現できました。十数年に渡り協力を得た日本大学理工学部関口研、東京都市大学(武蔵工業大学)小林研を中心に多大学の学生と各市町村や団体等の皆様にお礼を申し上げます。今後、計画論的アプローチをより洗煉させ、照明計画を確立させていきたいと思います。

街路空間における防犯性・安全性を高めるための照明環境に関する研究

 日本の公共空間の照明は一般的に、JISの照度基準などで示されている道路の水平面照度や路上の鉛直面照度を確保することを念頭において計画されている。ところが、少ないカテゴリーで分類された照明基準では、空間のさまざまな状況に対応することができないという問題がある。また街路の計画においては、明るくすることだけが経済発展の象徴として捉えられている面もうかがえる。本当に豊かな光環境とは何であるかという原点に立ち返り、「見える・見えない」「歩ける・歩けない」といった身体的概念に基づいた照明環境のあり方が構築される必要があるのではないだろうか。
 ある特定の場所で、人がどんな行為をしているのかを把握すると、本当に必要な光が見えてくる。例えば平らな道を歩くならば、路面を明るくしなくても、今何処にいて何処に行くべきかというサイン的な光があれば問題なく歩行できるであろう。また、集合住宅の共有部は、対人に対する防犯性を考慮する必要がある一方で、住民のアクティビティーを活性化するような役割も担っている。敷地内に住人しか入れないようなセキュリティーシステムが備わっている場合は、共有部はプライベートな空間としてのアクティビティーを高める照明環境が必要となる。人が寝静まった深夜などの時間帯は防犯性の高い光環境が必要であり、人がまだ起きている時間帯では空間として防犯性を低くしても成立する。
 こうした背景の中で、筆者は既存の街路灯に依存しない新たな光環境を形成していく活動に取り組んできた。1999 年から主に歩行者のための街路整備として、埼玉県川越市や横浜市元町、岩手県大野村、富山県八尾町、岐阜県白川村において、住民と協力した実践的な照明実験を継続して行った。建物開口部の光を活かし、街の防犯性を高めた光環境づくりを提案してきた。また、自動車のための道路整備として、福島県浪江町、静岡県新居町の道路の交差点部の光環境を提案をしている。これらの照明整備の手法は、省エネルギーを実現し、整備費用としても縮小され、安全で安心な街をつくることにつながっている。
 本研究は、実際の街を対象として、これまでの街路灯整備の基準に依存することなく、各々の地域の持つ特異性を明確にし、地域に合った街路照明の在り方を研究・提案し、実現するものである。現地での念入りな調査、光環境の実大実験、照明効果を把握する評価実験を通して、研究を組み立てている。そして、街路の夜間の性能を明確にした上で、最終的には光環境の実践へ結びつけていることに大きな意義があるものと考える。
 第1章「序」では、研究背景と既往の研究を整理した上で、本研究の位置付けを明確にし、研究の目的と論文の構成を述べている。
 第2章「歩行機能照明の在り方」では、人が安心して歩行するために、最低限必要な光環境を明らかにしている。さいたま新都心歩行者デッキでは、バリアフリーなどによる平場における歩行性能を確認した。その結果、平場の歩行において人は平場であることを一度認識すると、ほとんど床面を注視しない事が判明した。この結果を基に、計画の実現へと結びつけた。また、橋梁などの空間的に単純化された歩行空間では、最低限必要とされる照明の光量とその間隔を実験的に求めた。その結果、人が歩行するためには自分がどこにいて、どこに行くべきかを示すサインが必要であることを明らかにした。また、階段などの段差に対して、人はどこを見てどのように判断しているかを観察することで、最適な照明計画を行なえる可能性を示した。同時に共同住宅の共有部における歩行機能を分析し、歩行者が必要としている最低限の光環境を把握した。こうした結果を基に、新たな照明手法の提案を行なった。
 第3章「街路周辺のボイド照明の在り方」では、街路空間における歩行者の安心感から導き出されたボイド空間に対する照明の効果を確認した。ここで、街路に対して奥まった空間、凹部をボイドと称している。はじめに夜間歩行時の不安要素を抽出分析した結果、ボイドに対する見え方が重要である事が分かった。次に、実際の街をモデルとした模型を制作し、その中で様々な夜間照明環境を再現し、不安に感じられる要因を確認した。さらに元町仲通りにおいて、現状の電信柱に設置されている防犯灯を消灯し、ボイド照明を仮設的に設置した。設置の前後で歩行者への評価を行なった結果、防犯灯を消灯しても歩行者の不安感は低くならず、ボイド照明を加えた方が不安感は低減されることが確認された。こうした結果を基にして、岩手県大野村において、ボイド照明をさらに適用する実験を行った。現場での調査、仮設実験、検証、設計を通じて最終的に施工を実現した。その後、富山県八尾市、岐阜県白川村平瀬地区などでも現場実験を行い、ボイド照明の有効性を確認した。こうした実験の結果から、街路に対して奥まったボイド部に最低限の光を設置することによって、歩行者の街路に対する空間認知が促進され、また人が隠れている可能性があるかどうかが把握されることによって不安感が低減されるということが分かった。また、ボイド照明の有効な広さには限界があることも分かり、奥行きが約25Mまでであった。さらに、ボイド照明によって、街並の特徴をより可視化できるということも明らかにした。
 第4章「街路周辺の建物に付属する光の在り方」では、建物開口部の光や建物に設置されている光の効果を明らかにし、街路照明として活用する方法を提示している。はじめに川越一番街通りにおいて現場実験を行い、窓あかりを積極的に導入した街並みで、人の気配を強く感じられることを確認された。次に富山市八尾町において、どのような建物に付属する光が防犯性を高めるのかについて実験的に検討した。その結果、特に一階部分に窓あかりがあることが、大きな防犯効果があることが判明した。さらに岐阜県白川村平瀬地区において、建物に付属する光が持つ防犯効果の範囲と、歩行者の属性への影響の違いについて明らかにする実験を行なった。その結果、防犯効果は建物から20から30Mまで継続すること、観光客に比べて住民は、門灯や玄関灯などの建物の外部に設置した光による効果が高いことなどを明らかにした。
 第5章「危険予知からみた交差点の光環境の在り方」では、現状の道路照明設置基準における交差点の設置基準に対して、交差点におけるドライバーの危険予知をより助けるための照明環境の考え方を提示し、その効果を探った。はじめに交差点の周辺部を照明することの効果を把握するためアニメーション実験を行なった。その結果、危険予知を助ける照明が、交差点での巻き込み事故を低減できる可能性を示した。次に交差点の認識に関わる要因を整理したところ、空間的要素が影響し、道路標識、道路標示などが強く影響していることが判明した。そこで、道路標識などに頼らずに、街並を活かした交差点認知が可能であるかどうかを把握する実験を、富山市八尾町で行なった。その結果、わずかな光を交差点の路地部に配置するだけでも、交差点を遠方から認識できるようになり、また街並みへの調和も高まることが分かった。
 第6章「結」では、各章の結論をまとめた総括結論を述べ、今後の課題を示している。
 本研究ではこれまで様々な街において、実際に光環境をつくりながらその効果を把握する実験を行なってきた。こうした研究は、住民の参加なくしては不可能であり、研究の意図を深く理解してもらい、なおかつ自ら街につながる物を得てもらえるようにしなくては実現化できない。岩手県大野村では、今回の光環境整備事業が発端となり、住民によるまちづくり委員会が発足し、様々なイベントを開催したり、空家や空き地利用の提案や整備を自主的におこなったりするようになった。新しい街路整備のパースを何枚も見せられてもピンとこないが、光は実大実験を体験してもらえるという大きな利点があり、その結果を経験的に理解しやすい。また、光を考えるとことは自分たちの生活のスタイルを再確認することでもあり、自分の街を再認識する機会ともなる。筆者はこれらの利点がうまく重なり合うように調整しながら進めることを心がけた。その結果、現実の計画としても成功したものと考えられる。
 現在、「仕様設計から性能設計」への移行が求められている。光は地域性を生かしやすい手法であるため、住民自身が選択できると共に、誰もが理解しやすい価値観や制度を確立していくことが必要である。また公共照明の場合、電力会社との協力も不可欠である。大野村では、民地内に設置した庭園灯は公衆街路灯として扱ってもらうことができた。今後は、地域の人の活動(アクティビティー)に合わせた時間のオペレーションについても研究し、調査を重ねながら提案していきたい。女性が深夜一人で歩く時は高い防犯性が必要になり、逆に人がまだ起きている時間帯では防犯性は低くてもいいなど、求められる防犯性は時間によって異なるからである。
 街路の光は、マニュアルのみに従って計画していくことは難しい。今後、各方面での事例を蓄積していくことによって、日本独自の夜間の景観を構築できると考える。

論文ダウンロード

はじめに---Chapter-1(2Mb)
もくじ
第1章 序
第2章 歩行機能照明の在り方---Chapter-2(3Mb)
第3章 街路周辺のボイド照明の在り方---Chapter-3(13Mb)
第4章 街路周辺の建物に付随する光の在り方---Chapter-4(6Mb)
第5章 危険予測からみた交差点の光環境の在り方---Chapter-5(5Mb)
第6章 結---Chapter-6(0.5Mb)
論文要旨/Thesis summary
謝辞
参考資料---Chapter-e(18Mb)
1 景観照明の機能性能
2 街路空間の性能にもとづく照明計画の事例
3 照明計画プロジェクトの抜粋
※一括ファイルdr(42Mb)

これらpdfは低解像度です。高解像度ご希望の方は角舘までご連絡ください。

Page bak Page Top