虹窓の科学 -The Window is Painted-



3.「陰影礼賛」は日本の光?


日本の光は「光と影」、「陰影礼賛」、「谷崎順一郎」とよく言われているが私自身の答えは「NO」だ。曖昧さが売りの日本人にとっては文学的な表現が大好きかもしれないが、人が住まうという事はもっとリアルな世界だと思っている。まだハッキリとした言葉は見つかっていないが強いて言えば「光の彩り(いろどり)」ぐらいが適当かと思う。「え?彩り?」と声が聞こえてくるが歴史を見ると明らかだ。
日本は木材が主な家を作る材料であった故に住空間はどちらかと言うと明度が低い(灰色、茶色、黒など)。その中で障子という素材は明度が高く白に近く、自然光の影響を素直に受けやすい。そもそも自然光(太陽光)は単純に「明るい、暗い」というものではなく、私たちが感じているさまざまな色はこの光から分離した品物なのだ。
谷崎は「・・・縦繁の障子の桟の一コマ毎に出来ている隈が、あたかも塵が溜まったように、永久に紙に沁み付いて動かないのかとあやしまれる。」と障子に入りこむ光を表現しているが「もう少しだったのに」と思ってしまう。影を「・・塵が溜まったように、永久に紙に沁み付いて・・」という表現には脱帽するが、影がそのように見えて感じた理由は影に織り成す淡い色彩が原因なのである。インテリアなどで障子に影を演出しているのは何故か平面的で、でも実際に茶室などに訪れるとそこの影は奥行きがあって立体的であるのに気がつくだろう。すなわち、私たちはこのような淡い色彩の違いを見る目を無くしてしまっているのである。そもそも陰影をはっきりと付ける文化が日本にあったとすると開口を小さくして空間の奥行きを作るような建築が文化の中心にあったであろう。しかし、茶室を見てみるとそこにはさまざまな様式の窓が存在し、その障子一つ一つは外部の光の状態を分離するフィルターだといえる。
「虹窓」のように障子の外側に影を生じさせる仕掛を用い、なおかつその影をぼやけさせ、そして彩る陰影を創ることを選択した。季節、時間、気象によって微妙に変化する影の彩り、これらは決して主張せず、空間的な奥行き感を持つ仕掛として長年この日本に定着し、なおかつ洗練させてきた。「陰影」は世界中で見られる現象だが、「影の彩り」は日本特有の光の文化といえるのである。

    


1.「虹窓」との出逢い
2.「虹窓」の原理
3.「陰影礼賛」は日本の光?
4.フランスで見つけた「虹窓」
5.日本のあかりの機能的な側面
6.「虹窓」は環境投影装置

×close