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Light Dimension Design
連載「ライト・ディメンション・デザイン(Light Dimension Design)」
月刊『商店建築』1996年連載から 著者:角舘政英+藤原京子 (#11 +風袋宏幸)

#00光再-始めに-要約版/ #01トイレの機能照明/ #02影の彩り-虹窓の科学-/ #03イルミネーション・サイン/
#04光-明-暗-闇/ #05時間感覚と光の周期性/ #06白い光と黄色い光/ #07機能照明からのアプローチ/
#08機能性と形から生まれる光/ #09あかりを灯す作法/ #10点光源がつくる空間/ #11デジタル・ライト/
#12光環境のデザインとは/ #13光再考-総括・まとめ-

点光源がつくる空間:
花火や夜景、イルミネーションなどの「点光源の集合」が、人間の距離感や空間の境界認識をいかに変容させるかを解き明かす


   満天の星空、大輪の打ち上げ花火、眼下に広がる都市の夜景、復活の光であるクリスマスのイルミネーション。これらの光景はほとんどの人が美しいと感じ、はるばる遠くに見にいくほどである。なぜにこのような光景を人は欲するのであろうか。唯一言えることはこれらの光の構成が点光源の集まりであるということだ。前々回(Chapter-8)では空間の特殊性(形態)における光の配置のパターンの中で、空間のボリュームの変容を考察し、「フレキシブルなボリューム」を提唱し、空間の一つの可能性として見える点光源が持つ、空間に対する性格を簡単に述べた。今回はこの見える点光源がつくる空間について考察してみたい。

  
エアーズロックと南天の日周運動。
光害ゼロの地での夜空、
星がエアーズロックをまわる。
写真は加倉井厚夫氏より提供して頂きました。
ホームページ「賢治の事務所」
http://www.bekkoame.ne.jp/~kakurai
南十字星付近の銀河。
石炭袋もよくわかる。
写真は加倉井厚夫氏より提供して頂きました。
ホームページ「賢治の事務所」
http://www.bekkoame.ne.jp/~kakurai


■点光源空間の再発見

   そもそもこのテーマに注目し始めたのはいつごろからであったろうか。小学生の頃、それまでは丸く、面に広がっていると思っていた打ち上げ花火が実は球状に広がっているということに気がついたときであった。花火は下から見ても、どの方向から見ても、そして飛行機などで上から見ても面として丸く見えるのである。そのころは特に不思議に思っていなかったが、大宮のある商業施設のプロジェクトの照明計画をおこなっているときにそれが思い起こされた。その建築はさまざまな回遊動線とさまざまなシーン(広い―狭い、高い―低い、見下ろす―見上げるなど)を持ち、魅力あるシークエンスを作り出していた。そこで提案された光環境はその建築が持つ空間的シークエンスをより増幅させるため、光の配置の変容によってその空間のボリュームを変化させることであった。
   例えば、天井が明るいことと暗いこと、壁が明るいことと暗いこと、また、天井の明るさが壁に移動すること、ある壁から別の壁に明るさが移動することなどによって、壁や天井の距離感を変化させた。壁の一つとして、地下2階から地上3階まで高さ約16mの面があり、明るく照らし出された状態、暗い状態、そして壁面に仕込まれたグリッド状の点光源が点灯する状態の3つの光の状態を用意した。明るく照らされたときは壁の存在感、その壁までの距離を人は認知する。逆に暗い状態では壁の存在自体が不明解であり、その空間のボリュームを把握しようと努力する。そして点光源が点灯するとき、壁の存在は喪失し、点光源のみを人は認知する。点光源は物質性を持たず、点灯している壁面の表面に配置された点光源は浮遊し、光源までの距離感は曖昧になる。そのとき空間のボリュームは明らかに変容する。
   これが「フレキシブルなボリューム」の概念につながることになった。余談であるが、この時の実験的試みは初めモデルによって検証された。モデルでの実験の時はとてもうまくいき、その結果をビデオに撮って関係者にプレゼンテーションをおこなった。しかしその席での皆の反応はなぜか鈍かった。そして自分の言っていることに説得力がなかったことに気が付いた。その原因はモデルで見ることと、モニターで見ることの違いであった。モデル内では視線を移動することによって視点の焦点距離を移動させている。しかしモニター上では、経験的に画面内の空間を認知しているが、実際は焦点距離の調整を人はおこなっていない。距離感の移動による空間の変容を体験するためには、実際の「焦点距離の移動」という身体構造上の反応が不可欠であることに改めて気付かされた。


打ち上げ花火。 どこから見ても平面に見える


■色の現象学

   色彩研究の中で色、物の現れ方を分類したものがある。その分類は平面色(面色)と表面色(物体色)と空間色、透明面色と透明表面色と鏡映色、光沢、光輝、灼熱などがある。平面色は青空のように観測者からの距離が確定されない。物質的な表面を持たず、中に突き抜けるような柔らかい印象を与える。視線に対してほぼ直角に広がり、傾いたり凹凸も持つことがなく、観測者から漠然とした不確定な距離を占めている。空間色はこの状態が三次元的に広がった感じで、深い霧の中にいるような状態である。表面色とはまさに物体の表面を感じ、観測者の見る角度により、凹凸を持ち硬い感じを与える。透明面色は色眼鏡をかけた状態の色であり、その色は物質性を持たない。透明表面色は幽霊(実際は見たことがないが)のように物質性を持ちながらも半透明な状態をいう。鏡映色は床や水の面に映った物や景色の色をいう。
   また光沢とは表面色の位置よりも浮き上がって見えるハイライトである。光輝は自ら発光している印象を与える見え方である。灼熱とは溶解した鉄や炭のようにその内部から光を発しているように見える状態である。これらは物理的条件による分類でなく、あくまでも現象面での分類である。(※1)
   ここで興味深いのは平面色と表面色の見え方の概念である。表面色は確実に観測者からの距離が明確である。しかし平面色の見え方からは距離が不明解で、なおかつその距離がどのようなものであるか定義されていない。対象の平面色の現れ方が視線に対してほぼ直角に広がるとされるのは、各部位に対して物質的性格を持っていないためであり、青空の見え方が上部が扁平に見えることからも理解できる。この概念にあるのは物理的空間性ではなく、意識の中での空間といえよう。このように観測者からの距離感の現れ方によってその空間性が変化し、その手法を理解できれば現実的に応用できるはずである。


■点光源の点とは?

   天体にある事実上無限遠の距離にある恒星は、明るい星は大きく見え、暗い星は小さく見える。プラネタリウムでも明るい星は大きく、暗い星は小さく映せばよい。このような大きさと明るさとの関係を説明するのに心理学では「リッコの法則」という法則がある。しかしこれらの星の大きさはどのようなものなのであろうか。人の肉眼においてその星の大きさが判断できるであろうか(火星などの惑星は除く)。事実上判断は不可能であり、大きさを持たないただの点として認知される。点であるので物質性、ましてや空間性は持ちえない。先ほどの色彩研究の中で色、物の現れ方の中の分類に、このような点としての見え方を分類できるとすれば、点光源は物体でなく平面色の概念に近い。
  すなわち距離感が消失し、その点光源と観測者との関係は常に直角なのである。このことから打ち上げ花火がどこから見ても面として見えることにも頷ける。球に広がる手前の点と奥の点との距離の差を人は認知できなく、どの方向から見ても、下から見ても、上から見ても球を投影した円面として見えるのである。


■都市の夜景

   展望台などの高い位置から都市を見下ろすと、眼下に星空を反転したかのような点光源のグランドが広がる。この点光源のほとんどは道路照明用のポール灯からの光である。アメリカなどの都市ではその光源がナトリウムランプを使用しているので、全体にオレンジ色の点光源の集合である。日本の都市では、まだナトリウムランプの普及が進んでおらず、ほとんどが蛍光水銀ランプを使用しているので、青白っぽい光の集合であるのが解かる。このような場所に人はなぜに魅力を感じているのであろうか。これを、夜景に見る点光源の現象として捉えるとどうだろうか。先にも述べたように点光源の集合なので、基本的にはその光源までの距離感は消失する。しかし地形を同時に認知している場合、それは潜在的な距離感を誘発しているのである。
  意識の中では遠近を判断しているが、点と点との距離感はない。よって遠くの点光源の集合は緩やかに上にせり上がって見えているのである。この差異が不思議な違和感を持ち、夜景の魅力を引き出しているのかも知れない。神戸などの夜景を海側から見ると、山の中腹まで開発が進んだ街の光の集合を見ることができる。そしてこの光だけを見ると垂直に立っているかのようである。また東京の夜景を同じく湾岸方向から見ると、高層ビルの航空障害灯の群が一列に並んでいるかのようにも見える。これらの現象も点光源の持つ距離感の消失の性質の現れである。

  
東京の夜景。
ランダムに広がる青白い点光源の集合
シカゴの夜景。
規則的に並ぶパースのかかった光景


■イルミネーションの魅力

   ディズニーランドの「ファンテリュージョン」や、毎年年末になると現れるクリスマスイルミネーション。これらの場所にも人は押し寄せ、一時の鑑賞の時間を楽しむ。都市や街の中にはこのイルミネーションを街のシンボルとして位置付けているところもある。多くの人が惹かれるこれらの光の特徴は、常に微妙に光が動いている点である。これは瞬きといってもいいかもしれないが、このような動きが点光源の距離感を一層消失させる方向に導いているのである。
  真夏の花火や、冬のイルミネーション、都市の夜景に夜空の星々。点光源によって作り出された空間に共通するものは距離感の消失であり、この距離感の消失が私たちにとって日常の生活の中で一つのイベントとして成立している。リアルではなく、実はアンリアル、バーチャルな世界といえよう。そしてこのバーチャルな空間をどのように操作するのかが、新しい空間づくりのヒントとなるような気がする。
     
クリスマスのイルミネーション。 さまざまな点光源の重なり


  
川崎の工業地帯。
機能的に配置された光の集合
新宿の高層ビル群。
航空障害灯が赤く点滅する

  
空港の誘導灯。
グランドレベルに広がる星空
商業施設のファサード。
建物の存在が消失している。
照明デザイン(LPA)


*1「色彩心理学入門」中央公論社 大山 正著
*2 加倉井厚夫氏より提供して頂きました。
ホームページ「賢治の事務所」
http://www.bekkoame.ne.jp/~kakurai


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