連載「ライト・ディメンション・デザイン(Light Dimension Design)」
月刊『商店建築』1996年連載から 著者:角舘政英+藤原京子 (#11 +風袋宏幸)
#00光再-始めに-要約版/
#01トイレの機能照明/
#02影の彩り-虹窓の科学-/
#03イルミネーション・サイン/
#04光-明-暗-闇/
#05時間感覚と光の周期性/
#06白い光と黄色い光/
#07機能照明からのアプローチ/
#08機能性と形から生まれる光/
#09あかりを灯す作法/
#10点光源がつくる空間/
#11デジタル・ライト/
#12光環境のデザインとは/
#13光再考-総括・まとめ-
あかりを灯す作法:
命がけだった「火」の時代から現代のセンサーまで、人が明かりを「操作する行為」の歴史と、調光がもたらす豊かな住空間を考察する
電気が無かった時代、人々はどのように光に接していたのだろうか。現代の私たちは、身の回りにさまざまなあかりを灯しているが、日常生活の中ではほとんど無意識にスイッチに手を持っていき点灯している。「あかりを灯す行為」に改めて着目したとき、果たしてどのような新たな可能性が生まれてくるだろうか。今回は、あかりを灯す行為について考察してみたい。
■火をおこす/span>
古代において光とは太陽などの自然光と燃焼による炎の光であった。文明が発達するのと同時に、人々には夜間の活動が必然的に要求されてきた。生理的に人は暗い中では物をはっきりと見ることができない。そのため何かしらの人工光が必要であり、当時としては燃焼による光を友にしていた。たき火、かがり火、松明、燭台そしてねむり灯台、つり灯籠、遠州行灯、有明行灯など日本の文化、地方性に根ざしたデザインが開発されてきた(Chapter-6:白い光と黄色い光 で簡単なあかりの歴史を記載)。ではこれらのあかりをどのように灯していたのであろうか。基本的な発火方法としては石と鉄などを打ち合わせて出した火花をもととする花火式発火方法と、木などを擦り合わせることによって発火させる摩擦式発火方法がある。花火式発火方法は硬度9以上の石と鋼鉄などを打ち合わせ、発生した花火をタイミングよく火口(ほぐち)と呼ばれるワタ状のものに落とし、その種火を息などで大きくする。そこに付木(つけぎ)と呼ばれる薄く切った木片の一部に硫黄などを塗り、燃えやすくした物(今でいうマッチみたいなもの)を近づけて火を大きくした。また摩擦式発火方法には錐もみ式、弓ぎり式、舞ぎり式などがある。錐もみ式は板(火きり板)の上に切り込みを入れ、その部分に棒をあてて両手で回転させ、板と棒の摩擦によってその部分におが屑を創り、その摩擦熱によっておが屑が発火する。そしてその種火をワタや麻などで包み、火を大きくした。弓きり式、舞きり式はこの棒を回転させる方法を効率よくしたものである。とにかく火をおこすということは、行為としては現在と比較すると大変なことであったのだ。そして何よりも火をおこすことは道具(火きり板、棒、ワタなどの火口など)を常に乾燥させていなければならない。夏場などは湿気が多く、その管理には十分な注意をはらっていたに違いない。このように火をおこすだけでも、現在とは比較にならないほどのテクニックと管理能力が要求されていた。
■あかりを灯す
室内において電気がなかったころ、どのようなあかりを灯していたのであろうか。あかりの種類は、基本的には灯油系と蝋燭系とに分かれる。油は菜種、胡麻などの実に含まれる油分を絞り取って精製された。油の値段は一升あたり、白米の三升と同等であったそうである。また、蝋は漆などの実を原料にした木蝋が主に使われていた。庶民にとって油も蝋燭も大変高価なものであり、そのため貧しい家庭では鰯(いわし)から取れる魚油を灯油として利用していた。家庭の主婦は夜のあかりを灯すこと、すなわち家計をうまくやりくりして夜を明るくすることが妻を評価する一つの基準であったらしい。火をおこし、そしてあかりを灯す。当然、燃焼という炎を光源としていたので、その扱いには十分に注意が必要である。日本の家屋は木造建築が主流であったので、一度火災が発生すれば、それこそ一大事である。炊事場は不燃材である土などを使用しているが、灯具となると可燃材で囲まれている居室に置かれていたのでその扱いは常に慎重を要したに違いない。また蝋燭、特に和蝋燭は芯が残ってしまうので、定期的(約10分~30分)にその燃え残った芯をハサミで取り除かなければならない。また灯油用灯火具に関しても、油を足したり芯を調整したりとこまめに光の管理をしなければならなかった。ヨーロッパなどに残る劇場で19世紀以前のものは数少ない。なぜならば、当時としては劇場内の照明は火によるものに頼っていた。とても多くの灯火を必要とし、よって火災の発生率が高く、ほとんどの劇場が燃えてしまったので、現存するものが少ないのである。
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| 灯火皿 |
和蝋燭 |
■電灯を灯し始めたころ
明治に入り、1872年(明治5)横浜で初めてガス灯が点灯された。それから遅れること10年、電灯事業が1882年(明治15)東京電灯会社によって始められた。最初は一般家庭用ではなく、街路や工場などのアーク灯の点灯であった。よって当時としてはまだ裕福な家庭以外では、電灯は使用されていなかったが、第一次世界大戦の好景気に便乗し、急速に需要を伸ばした。「太陽」第33巻8号(昭和2)の中に「明治二十年東京電燈会社、初めて電燈を灯す/チョイと吹いても消えやしないわ、どうして消すのよ」という文句と、天井から吊り下げられたペンダントに向かって息を吹きかけている女性の絵が載っている。今までの経験において点灯している場所を吹き消すという行動は、あかりは火であるという先入観の現れであり面白い。ではどのように電灯を点け消ししていたのだろうか。初めの頃は家庭での点灯の主流はペンダントであり、そのペンダントのシェードの上部をひねることによって点け消しをしていた。そこから便利さを高めて、部屋の入り口部分に別のスイッチを設けるようになった。暗い部屋の中でペンダントを探す必要が無くなり、部屋の入り口部分で光をコントロールすることが可能となった。ではこの時の注意事項はどのようなものがあったのであろうか。相手は目に見える油などではなく、目に見えない。また電気の教育を受けていない人にとっては電子の流れは理解しきれないものと考えると、例えば「感電のおそれがあるので濡れた手で触らない」とか「ガスのにおいがした時は爆発のおそれがあるのでスイッチを入れない」などの注意事項が必要になるだろう。また「省エネのため節電しましょう」などもある。便利になった結果、どうしても知らず知らずのうちに電力を浪費してしまうので、あかりに対しては、火を扱っている時とは別の注意が必要になったのである。
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| 裸電球ペンダント |
シェード付ペンダント |
■電灯を灯すための器具の種類
では私たちのまわりでどのような点け消し、ON/OFFがおこなえるのであろうか。某メーカーの電設資材のカタログを広げると数十種類のスイッチが売られている。例を挙げると、普通のスイッチ、3路4路スイッチ、遅れ消灯スイッチ(スイッチOFF後30秒遅れて消える)、一時点灯スイッチ(OFFになる時間を0~5分間調整)、タイマースイッチ(OFFになる時間を0~120分間調整可能、常時ON可能)、24時間タイマースイッチ(任意にON/OFFを時間制御)、熱線センサー付スイッチ(人感センサーでON/OFF)、調光付きスイッチ、明暗スイッチ(100%、10%、OFFの選択ができる)など、さまざまなタイプのスイッチが数知れず存在する。ではあかりの点き方としてはどうであろうか。調光関係器具は別として基本的にはON/OFFの0%か100%である。グローランプ式の蛍光灯器具などはチカチカと点滅してから点灯する。このような点灯する光のパターンは蛍光灯の特徴であり、「ブレードランナー」などの近未来SF映画でもわざわざ使用されているぐらいである。このようなあかりに接するのは家庭やオフィス(オートメーション化されているところもある)での生活の中のみである。いったん外にでると駅、街路、店舗などあらかじめセッティングされているあかりに接するだけで、そのあかりを操作することはまずない。あかりと接すること、すなわちあかりを操作することに現在の私たちは無頓着になっている。
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| ON/OFFスイッチ |
スライド式調光器 |
ロータリー式調光器 |
■あかりを灯す現在の行為/span>
あかりを灯すために火を使用していた時、その一連の行為は人と身体的に合致していた。当時としては指を鳴らすと自然にあかりが灯るというのは夢物語であったにちがいない。しかし現在は電子技術の発達により、このようなことも可能となっている。あかりを灯す、すなわち電気を通電するという行為自体に、さまざまなパターンがあり、その行為によってあかりに対する感じ方が多様に変化することがありうるのではないだろうか。スタンドに触れるだけで調光できたり、色が変わったりするものもある。これはタッチセンサーによってON/OFFしたり調光したりしているのである。スイッチというある特定の場所を操作する行為から、その範囲を広げて照明器具本体に触れることであかりを操作していることになるのだ。家庭でのあかりの実験として、家の電灯すべてをダイヤル式の調光器にしたものがある。トイレ、納戸、居間、寝室、浴室すべてである。ここでは点灯するのにスイッチなるものがない。その代わりにひねる行為を伴う調光器が取り付けられているのである。ここでは個人(夫婦、子6歳、子4歳)が自分の好きなあかりのレベルまで強制的に、また連続的にあかりを体験するのである。ここの子どもたちにとってはあかりを灯すことと、ON/OFFスイッチとはリンクしていないのである。あかりを灯すことはひねることなのである。そして0%か100%ではなく、0%から連続的に変化するものなのである。彼らにとってあかりのあり方は確実に変わっており、このことはあかりのあり方自体が新たな可能性を秘めていることを示唆しているのではないだろうか。
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タッチセンサー付
テーブルスタンド |
人感センサー
スイッチ |
音センサー
スイッチ |
